槍ヶ岳(飛騨沢) 報告:のーきょー

【山行名】槍が岳(飛騨沢)
【日程】2010年3月21、22日
【山域】北ア南部
【メンバー】ペテガリさん、いるかさん、えださん、のーきょー
【天候】21日雪、22日晴れ

【行程・タイム】
21日
13:23 新穂高スタート
14:41 柳谷
15:15 白出沢
17:18 滝谷
18:20 槍平冬季小屋着

22日
7:13 槍平スタート
9:00 千丈沢乗越分岐2550m
10:00 2870m地点 アイゼンに替える。
10:24 飛騨乗越着3010m
10:54 飛騨乗越スタート
11:14 肩の小屋着
11:15ころ いるかさん,肩の小屋から槍沢に滑落。殺生ヒュッテあたりで停止。
11:50 いるかさん復帰
12:00 肩の小屋スタート
13:50 槍平帰着。
14:20 槍平出発
14:42 滝谷 15:53 白出沢
16:10 柳谷
16:45 新穂高着

去年GW,ペテガリ,いるか,えだ,のーきょーの4名で北ノ俣から双六まで縦走した。夢よもう一度というわけで3連休に2泊3日の黒部横断という野心的且つ魅力的な計画を立てたが中日の日曜日の天気が悪い。土曜日,低気圧接近前にスバリ岳を越えて黒部湖畔まで下ってしまい,湖畔のテントで低気圧を凌ぎ,日曜部は動いてもタンボ平あたりまでの樹林帯の中。月曜日は天候の回復が見込めるので,早めに出て一気に下山。という行程も考えたが,土曜日も風は強そうで稜線行動ができるか。気温が急上昇するので雪崩は大丈夫か。湖畔で低気圧が凌げるか。最終日に一気に下山できるか。といった問題があり,最後の問題については予備日で対応できそうだったが,予備日はとれなかった。協議の結果,この計画は来年以降に持ち越すことになった。

代替プランを相談したが,せめて1泊でビッグルートに行きたい。とは言え,日曜日は低気圧の通過があるので,標高の高いところでの行動は難しそう。ということで,日曜日のうちに槍平の冬季小屋まで入っておいて,天気の回復する月曜日に山頂を目指す。というプランになった。

21日(日曜日)

大阪組は朝7時前に茨木を出発し,12時過ぎに新穂高温泉の無料駐車場に全員が集まったが,出発に手間取り,出たのは13時30分近くなってから。雪のちらつく中を登り出す。林道の2つ目の屈曲を曲がったところから雪が残っている。少し切れるところもあったが,林道上をずっとスキーで歩いていけた。林道が穂高平に向けて大きく戻るように屈曲するところで,林道をはずれ,柳谷手前めがけて斜面をショートカット。柳谷は結構深い谷で,林道の橋を渡るしかなさそうだった。白出沢までは林道を行く。

 雪が降り続く。

白出沢で下山してきた山スキー単独行の人に会った。昨夜は千丈沢乗越への分岐2540mあたりでテント泊していたそうだが,猛烈な嵐で風は吹くわ雷は鳴るわで大変だったらしい。富士山の片山右京の二の舞かと思ったとか。そりゃそうでしょう。ご苦労様。ご無事でなにより。

 白出沢を越えたあたりの右俣谷

トレースは白出沢をわたり,夏道と同じく対岸の尾根を越えているようだったが,ペテガリさんの発案で,右俣谷の河原に降りることに。堰堤を巻いて白出沢を下り,右俣谷の堰堤も手前から小さく巻いて,右俣谷の河原に降り立つ。ここから槍平まで,終始右俣谷の河原を行った。ブドウ谷,チビ谷からは大きなデブリが出ているが,右俣谷の右岸沿いを進み,極力デブリを回避。滝谷はすっかり雪に覆われている。滝谷から上の右俣谷はすべて雪の下である。われわれが重荷を背負って約5時間で槍平まで行けた。帰りはトレースを滑ったが,帰りのトレースよりも我々の登路のほうが,アップダウンが少なくいいルート取りだったと思う。今の時期ならまだ河原が歩けるし,右俣谷下部にもところどころスノーブリッジがあるので,夏道にこだわらないほうがいいと思った。

 滝谷手前あたりの右俣沢

冬季小屋は出入口のすぐ下まで雪に埋もれているが,出入口は見えており簡単に出入りできた。他のパーティはいなかったので,中でテントを張り,ワインとブルーチーズ,生の食材で作った豚汁で入山を祝う。雪は小降りで,風は少なくとも槍平ではほとんどない。明日が楽しみだ。

22日(月曜日)

晴れている。朝方はまだ冬型が少し残り天気が厳しいだろうとの予測のもとに遅めの出発。おととい昨日の新雪は20cmほどか。少しラッセルがあるが雪は軽く気になるほどではない。

 槍平。天候が予報どおり回復した。

 冬期小屋入口は掘り出さなくても出ていた。

 穂高稜線に朝日があたる。

 登高

 さらに登高

 振り返ると笠が岳が見える。

登るにしたがい穂高,笠などの展望が出てくる。雪はクラストしている部分も出てくるが,雪の柔らかいところを拾って極力シールで登る。飛騨沢は最上部以外は傾斜はあまりなく,ほとんどシールで直登できる(私は下手なので最後はジグを切ったが)。

 さらに登る。かなり雪面が固くなってきた。

 飛騨乗越

 アイゼンにかえて登高

飛騨乗越手前標高2870mからカリカリのクラスト。クトーも歯が立たないので,アイゼンに変えた。アイゼンだと半分ツァッケがささるぐらい。かなり固いが,先週の焼岳と比べると傾斜がない分だけ楽だ。飛騨乗越にあがるとお約束の強風。岩の風下(槍沢側)の吹きだまりにピッケルとスコップ(スコップの歯が立たないくらい固い)で半雪洞(1/4雪洞かな)を掘って避難し後続を待つ。気温はそれほど低くないので,風さえ避けられたら快適である。後続の到着後,いるかさんとまずは肩の小屋まで。夏道と思しきあたりを登っていく。少し登ると風が和らぐ。いるかさんが,アイゼンの爪が丸くすり減っているので,雪面への刺さり具合が良くないと言う。それでも慣れた様子で前を行く。

 肩の小屋手前

私は写真を撮りながらのんびりと肩の小屋へ。上の写真の撮影の直後,前を行くいるかさんの「きゃっ」という小さな悲鳴?がして(そのときは,たぶん自分の足元を見ていた。)あたりを見るが,すぐ前にいたはずのいるかさんの姿が見えない。最初,何が起こったのか分からず,しばらくうろうろといるかさんの姿を探した。ふと槍沢を見下ろすとはるか下にいる単独行の人の姿が見えた。どこから来たのかと不思議に思ったが,そのときは,それがいるかさんだとは気づかなかった。小屋の屋根に斜めに積もった雪の上を歩いているときに姿が見えなくなったので,小屋の直下(少し切れ落ちており,上からのぞいても見えない部分があった)にひっかかっている可能性もあると思い,下から回り込んで見たがいない。そうこうするうちに,ペテガリさんとえださんもやってきた。このあたりでようやく,槍沢を登って来ている人がいるかさんだと気づいた(かなり慌てていたのだと思う。)。だとすると大滑落だが,あれだけ滑落しながら無事のようだ。こちらに向かって登ってきている。

 いるかさんを迎えに降りる。

 槍沢

 穂先。今度来るときは登りたいものだ。

槍沢を下り迎えに行き、登りかえしてきたいるかさんと合流。打ち身はあるが大きな怪我はない,という。良かった。一緒に肩の小屋まで戻ったが,到底穂先を目指す気にはなれず,ここから戻ることに。

いるかさんの滑落は,あとで地図上でおおよその計測したところ,滑落距離約500m,滑落標高差約220mであった。いるかさんによると,滑落と同時にピッケルは手から放れ,アイゼンも片足は滑落中に外れた(幸いなことに登高中に拾って再装着できた)が,もう片足のアイゼンを使って,殺生ヒュッテ横あたりの緩斜面で停止に成功したとのこと。槍沢はその先はまた傾斜がきつくなっているので,もし殺生ヒュッテ横で止まれなければ,さらに相当滑落しただろう。停止地点までの間は,きれいなカール斜面で大きな凹凸はなかった(もちろん,岩は出ていない)ことも幸いしたのだろう。しかし,一つ間違えば大事故でも不思議はなかった。

飛騨乗越まで戻り,ここからスキーに。しばらくはガリガリで単に下るだけ。転ぶとやばい(スキーが外れ1回転んだ。外れたスキーを履くのに苦労した)ので,アイゼンでクライムダウンしたほうが正解だっただろう。2870mからは全員スキーに。ここからはお待ちかねのお楽しみタイム。日差しがあるので少し重くなっているが,パウダースノーを楽しみながら,どんどん下る。

 自由にシュプールを描いて降りる。

 同じく。

天気も良く,展望がきく。笠,抜戸,双六,ちょこんとピークだけ見えるのは黒部五郎か。鷲羽,水晶の稜線の向こうに見えるのは薬師か。かつて歩いた稜線を懐かしみ,写真やムービーを撮りながら,ゆっくり下る。少し下れば風も弱く,春の山だ。飛騨沢下部は重い雪だったが、さらに下ると若干滑り易くなった。

 槍平小屋で荷物の整理

槍平で大休止。補給と荷物のパッキング。小屋の人たちが屋根の雪下ろしや小屋周辺の除雪作業をしていた。

 だいぶ下ってきた。

 さらに下る。滝谷出合の少し上あたり。

槍平からの帰りはトレースを辿る。特に緩傾斜ではトレースを追うのがやはり楽。しかし,デブリを越えたり,左岸をへつったり。GW頃のトレースに近い位置のトレースである。みんな疲れが出てきてペースが上がらないが,それでも17時前には新穂高着。すぐ近くまでスキーで下れるのでやはり楽である。平湯の森で入浴。ペテガリさんは富山へ。名神高速大渋滞のニュースを知り,名古屋から新名神経由で草津へ。こちらは東名阪で少し渋滞した以外はほぼ渋滞なしで,えださんの最終電車の数分前に阪急茨木駅に帰り着いた。



ウィンドウを閉じる